海外赴任に帯同していた頃、
私にはヨガがないとやっていけませんでした。
それは「好きだから」というよりも、
必要不可欠だったという感覚に近いです。
異国での生活は、常に気が張っていた
海外での生活は、
日本とはまったく違いました。
言葉が思うように通じない。
文化も常識も違う。
日本より不便なことも多く、
自由がきかない場面もたくさんありました。
「ここは安全かな」
「これをして大丈夫かな」
常にどこかで気を張っていて、
先の見えない生活でした。
街の音は騒がしく、
静かに落ち着ける時間はほとんどありません。
日本で当たり前だった
“安心してぼーっとする時間”は、
簡単には手に入らなかったように思います。
自分を整えるために、毎日のヨガが必要だった
そんな環境の中で、
私にとってヨガは
自分を整えるための唯一の手段でした。
体を動かし、呼吸を意識し、
一度、自分の内側に戻る。
それをしないと、
心と体のバランスが保てなかったのです。
だから、毎日のようにヨガをしていました。
「自分とは何か」がないと、うまくいかない場所
海外のコミュニティでは、
「あなたは何ができる人?」
という視点で見られることが多くありました。
特技がある人は、
教えたり、頼られたりして、
居場所ができやすい。
ヨガができる私は、
それを通して人と関わり、
やりがいを感じることもありました。
でも、ふとした瞬間に思うのです。
「私は、何のためにここにいるんだろう」
ヨガをしているときは忘れられても、
完全に消えることはありませんでした。
それでも、
ヨガがあったから、なんとか立っていられた
そんな感覚です。
今の暮らしには、ヨガは“必須”ではない
今、日本での暮らしに戻り、
ヨガは以前ほど欠かせない存在ではなくなりました。
育児や家事は大変だけれど、
子どもの成長を感じられる毎日があり、
「やっている意味」がはっきりしています。
先の見えない不安よりも、
日々の積み重ねが感じられる生活。
海外生活とは違う、
安定した土台があります。
今は、必要なときにヨガをする
今の私は、
• 眠れないとき
• 疲れたとき
• 気分転換したいとき
• ふと体を動かしたくなったとき
そんなときに、
好きなようにヨガをしています。
「やらなきゃいけない」ものではなく、
「選べる」ものになりました。
ヨガが必要だったあの頃も、今も
海外赴任帯同中、
ヨガがなければやっていけなかった自分。
今は、
ヨガがなくても暮らしていける自分。
どちらが正しい、という話ではなく、
必要なものが変わっただけなのだと思います。
あの頃の私も、
今の私も、
それぞれ一生懸命だった。
そう思えるようになった今、
ヨガとの距離感も、
ちょうどよくなった気がしています。




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