──『100万回生きたねこ』
子どもの頃に読んだことのある絵本を、
大人になってから読み返すと、
まったく違う印象を受けることがあります。
『100万回生きたねこ』も、その一冊でした。
正直に言うと、子どもの頃は
「たくさん生きて、たくさん死ぬ不思議なねこの話」
というくらいの印象しかありませんでした。
でも、家族を持ち、親になった今、
読み返してみると、胸の奥にじんわりと残るものがありました。
100万回生きても、満たされなかった理由
このねこは、100万回生きて、100万回死にます。
王様のねこだったこともあれば、船乗りのねこ、
魔法使いのねこだったこともあります。
でも、どの人生でも共通しているのは、
ねこが「誰かを心から愛したことがなかった」ということ。
だから、死ぬときも悲しくない。
また生き返ればいいと思っている。
たくさん生きたはずなのに、
どこか中身のない、薄い人生だったのだと、
今はそう感じます。
白いねこと出会って、初めて「生きた」
白いねこと出会ったとき、
ねこは初めて「好き」という気持ちを知ります。
一緒にいる時間が幸せで、
離れたくなくて、
失うことが怖くなる。
白いねこが死んだとき、
ねこは初めて深い悲しみを知ります。
でもそれは、不幸ではなく、
本当に誰かを大切に思えた証 なのだと思いました。
量より質。もう、生き返らなくていい
最後にねこは、生き返りません。
もう長く生きることも、
何度も生き直すことも、
どうでもよくなったから。
それは諦めではなく、
満たされたから、終われた のだと感じました。
たった一度でも、
心が動くほど誰かを愛した人生は、
100万回の空っぽな人生より、ずっと豊かだった。
親になって、より刺さった理由
子どもを育てていると、
毎日は慌ただしくて、
成果も評価も見えにくい。
でもこの絵本を読んで、
「今、ここで誰かを大切に思って生きている」
それだけで、十分なのかもしれないと思えました。
たくさんのことを成し遂げなくてもいい。
長く生きることだけを目標にしなくてもいい。
誰かを大切に思い、
失うほどの気持ちを持てたなら、
それはちゃんと「生きた人生」なのだと。
子どもの頃には気づけなかった一冊
『100万回生きたねこ』は、
子どもの頃に読んだ記憶があるからこそ、
大人になって、より深く刺さる絵本だと思います。
もし、昔読んだことがあるなら、
ぜひもう一度、今の自分で読んでみてほしい。
きっと、感じ方が変わっているはずです。
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