ヨガを教えることをやめた理由

まず自分の生活と心を大切にしていきたいイメージ写真 暮らし

海外駐在に帯同していた頃、
私は駐在妻のお友達にヨガを教えていました。

友達同士だったので、料金は取らずに。
ヨガのあとに、

「体が楽になった」
「気分転換になった」

そんな言葉をもらえるのが、純粋に嬉しかったのを覚えています。

誰かの役に立てている感覚があり、
それだけで十分でした。

日本で、子連れヨガ教室を始めた

帰国後、日本のコミュニティセンターで
子連れヨガの教室を開きました。

人を集めるために、
• チラシを配ったり
• お店や施設に置いてもらったり

できることは自分でやりました。

ボランティアに近い気持ちで、
参加費は一人500円。

「子連れでも気軽に来てほしい」
そんな思いからでした。

喜ばれることも、しんどさもあった

教室はありがたいことに、
いつも満員になりました。

「人気ですね」と言われることもありました。

でも同時に、
どこか距離を感じることもありました。
• あいさつがそっけない人
• 頑張って準備しても当たり前のような空気
• 急なキャンセルが続くこと

子連れという事情もあったと思います。
料金が安かったからかもしれません。

頭では理解できても、
心が追いつかない日もありました。

インドで感じていた「喜び」とは違った

海外、特にインドでヨガを教えていたときは、
もっとシンプルでした。

「ありがとう」
「本当に助かった」

その反応だけで、十分だった。

日本での教室は、
運営・気配り・責任が増え、
いつの間にか
「続けること」自体が負担になっていました。

やりがいを感じられなくなっていたのだと思います。

ヨガを教えることを、やめた

しばらく悩んだ末、
私はヨガを教えることをやめました。

「向いていなかった」のではなく、
今の私には合っていなかった。

そう思っています。

私にとって心地よかったのは

振り返ってみると、
本当にやりがいを感じられたのは、
• 身近な友達に教えること
• 喜んでもらえる顔を、素直に受け取れる距離感

でした。

無理に広げなくてもいい。
評価されなくてもいい。

「ありがとう」が、ちゃんと届く範囲で。

やめることも、選択のひとつ

何かをやめるとき、
「逃げたのかな」と思うこともあります。

でも今は、
自分をすり減らさないための選択だったと感じています。

ヨガが嫌いになったわけでも、
人と関わりたくなくなったわけでもありません。

ただ、
自分に合う関わり方を選び直しただけ。

その経験があったからこそ、
今の暮らしのペースも、
大切にできている気がします。

自分を見つめなおしているイメージ

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